お粥を愛している

自分を救いたい文章です。

言葉にしておきたいこと

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「プロポーズどっちからしようね」


普段、どんな些細な内容でも(時に涙が出るほど)お互いが納得するまで話し合う私たち、プロポーズもサプライズ制ではありません。(?)

したい派?されたい派?私はしたい派かな、私はされたい派、じゃあ決まり、どうやってプロポーズしよっか

そんな話をする時間が何より幸せでした。一緒に暮らして、私が病気になってからは彼女と生計を共にし始め今、自分の人生が自分だけのものではなくなってきていると肌で感じています。


けれどやはり、「二人セットでこの社会に存在する未来」を想像しようとするとまるで夢物語のような、叶うはずのない理想を語る時のような虚しさが影を落とします。


この国で私と彼女は結婚できません。

それは、結婚できないという事実だけがあるという意味ではありません。


かつての職場である学校現場で、私は自分の性的指向を生徒にカミングアウトしようと思い立ったことがありました。

自分自身についてカミングアウトをすることが、教員の多様性を公にすることが、学校そのものを変えていくきっかけになると考えたからです。

しかし、私の勤めた二つの学校は、それを許してはくれませんでした。


「子供は理解すると思うけれど、親からの反応がどうなるかわからない」

「子供より先に職場の人達にあなたのことを理解してもらう方が先じゃないか、どうやって職場の人たちに説明するつもりなのか」


そう言われ、当時の私は言い返すことができず「先輩方は親のクレームから私を守ろうとしてそう言ってくれているのだろうな、先生方も忙しいのに若手が好き勝手やるのはよくないな」と納得しようとしました。

ですがなぜか涙が溢れて止まりませんでした。

今ならその理由が分かります。


私のカミングアウトを「迷惑だ」と伝えるためにわざわざ学校に連絡してくる人がいるような世の中だということ。

そんなおかしい状況に立ち向かうより、私の存在を隠す方がいいと判断されたこと。

知らないことの方が多い子供より、さまざまな情報にアクセスできるはずの大人全員にわざわざ説明して「受け入れられなければならない」こと。


私は、子供たちに「あなたは一人じゃないし、世界はとても広い。異性を愛することだけが正しく普遍的なことではない。」と伝えたい一心でした。

LGBTQ +についての話をした後に目をキラキラさせて「先生になら話せる」とカミングアウトしてきてくれた子、泣きながら片想いの相手について話してくれた子、自分のセクシュアリティについての悩みを打ち明けてくれた子。

そんな子を一人でも見つけて、その子が自分を解放する手助けをしたかった。


世の中の現実を見せつけられたような気持ちでした。

「あなたたちの存在はまだ社会から認められていないんだから、わきまえなさいね」と。


考えてみれば当然のことです。

同性婚は、法律で認められていないのだから。


自分が当事者になってみて、異性を好きになっていた頃の自分には想像もつかなかった現実にぶつかって愕然としました。


心から愛する人と出会えて幸せだ、それでいいじゃないか。ずっと仲良くいられたらそれで十分幸せじゃないか。

そう自分に言い聞かせたこともありました。


しかし私と彼女は、いや、この世の全ての人々は社会と関わっていなければ生きていけません。人間の営みの全ては社会と関わる中で積み上がっていくものです。


その社会から、「同性を愛する者」というだけで弾かれることがある。

それを実感したのはこの経験だけではありませんでした。


同性婚を認めたら国が滅びる」という政治家の発言

同性婚を頑なに認めようとしない政党が勝利した衆議院選挙

長年連れ添ったパートナーが大怪我して入院しても「家族ではない」という理由で面会を拒絶された同性カップルのニュース

その他日々自分の身にふりかかるマイクロアグレッションの数々


そうしたひとつひとつのことは確実に私の中へ積もっていきました。


社会から「結婚おめでとう」と祝福される異性カップルの隣で、社会から「あなたたち二人は赤の他人ですよ、わきまえてくださいね」と言われ続ける人生がこの先も続いていく。何年寄り添っても社会からそう言われ続ける。

それが「同性婚が法制化されないということ」だと実感しました。


同性婚を反対する方々の意見はさまざまです。法整備には膨大な労力がかかる、わざわざ結婚にこだわる必要はないだろう、同性婚は家族の根幹に関わる問題だから慎重にならなければならない、友情結婚が増える、養子縁組があるじゃないか、海外に行けばいいだろう、小児性愛者も結婚できるようにしろということか、等々

そのひとつひとつ全てに言いたいことがありますが(特に小児性愛云々については【嗜好】と【指向】は違うものだと強く言いたいです)、


何よりも「自立した人間同士がパートナーシップを組んで共に生きていくことに、性別の組み合わせで社会的に良し悪しを分けるこの不均衡をどうにかすべきだ」と主張したい。


同性婚が法制化されて20年経ったオランダで同性婚にまつわる犯罪が多発しているニュースなど聞いたことがありません。


現行の結婚制度を全面的に肯定しているわけではなく、ただひたすら、この不均衡をいい加減どうにかしたいと願うのです。


そんなことをもやもやと考えていたところで、LUSH https://weare.lush.com/jp/lush-life/our-giving/campaigns/marriage-equality/?_gl=1%2a5t5lhx%2a_ga%2aNjM3NzY0NDA2LjE2NDc2ODc0MDE.%2a_ga_E68EJV3RYF%2aMTY0Nzg1MzU2My4zLjAuMTY0Nzg1MzU2My4wが本当に素敵な取り組みをしていてめちゃくちゃ元気が出たので「このもやもやを言葉に残しとこう!!」と思った次第です。

赤いハートに🟰のマークが付いた激かわなチャリティーソープ、消費税を抜いた全ての売り上げが「Marriage For All Japan 結婚の自由を全ての人に https://www.marriageforall.jp/blog/20220310/という団体に寄付されるとのこと。


店員さんもすごく一生懸命に同性婚のことをお客さんに説明しているらしく、ここ最近で一番元気付けられました。


私たちは同情されたいわけでも応援されたいわけでもありません。

「がんばってね」は観客席側の言葉だけれど、「がんばろうね」は同じ土俵に立つ人の言葉です。連帯してくれる人が多ければ多いほど、私たちは未来に希望が持てます。

こんなふうに、誰かからの批判が飛んでくる可能性があっても言葉にしようという勇気も湧いてくるのです。


これを読んで「知らないことがたくさんあるな」と思った方は、ぜひ自分で調べて、知ってほしい。(Marriage For All Japan 結婚の自由を全ての人にhttps://www.marriageforall.jp/blog/20220310/

「何かできることがあるかな」と思った方は、次の参議院選挙で同性婚に賛成する政党に票を入れてほしい。

当事者に「がんばれ!」と声をかけるよりも遥かに当事者の力になれることがあります。


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

最近は悲しいニュースばかりで気持ちが沈んでいましたが、LUSHの取り組みのおかげでこうして気持ちを言葉にすることができました。

(ボディソープ買えなかったけど店舗に行ってパンフだけ貰ってきた、て投稿も見てめっちゃ元気でた🥲


体調の問題で店舗に行けるかどうかはわからないけど、せめて何か自分にできることをしたい、誰かに伝えたい、未来の自分にメッセージを残したい、色んな気持ちでこれを書きました。


どうかどうか、日本で同性婚ができるようになりますように!

毎日毎日、切実にそう願っています。


#結婚の自由を全ての人に